ナチスの収容所に監禁された精神科医の体験記。

著者は、長く続く収容所生活の苦悩を、「未来でアウシュビッツの収容体験を心理学的な視点から大勢の前で講演する自分」を想像し、自分の苦痛を客観視することで絶望を防いでいた。
絶望しないためには、未来への希望や精神の拠り所が必要で、例えば、家族が故郷で待っている、自分にしかできない仕事があるなど、外に出たら〇〇をやるんだという希望が収容所生活には必要だったということ。
逆に、そういったものがない人は絶望し死んでいく。希望が消えてしまった人(例えば夢で月末に解放されると啓示を受け、それを本気で信じていた人は、月末に向かって弱っていき、その期日の翌日にチフスで死んでしまった。著者は拠り所が消えて抵抗力が下がったと分析している)も死ぬ。
面白い考え方だと思ったのは、自分が生きることに何を期待するのか、ではなく、生きることが自分に何を期待しているのか? というもの。
自分に当てはめると目標設定や、毎日の過ごし方が考えやすくなると思った。生きることは、自分に何を期待しているんだろう? 今日一日をどう過ごしてほしいと思っているんだろう?
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