日曜日、妹と佐野に行ってきた。
「佐野に来たからには佐野ラーメンを食べたい」
「たしかに」
ということで何店か行ってみた。どこも長蛇の行列or完売だった。諦めた。食えねえ・・・
質が良くても
佐野ラーメンがめっちゃうまかったとしても、食べられない時点で私にとっての価値はゼロである。
質にこだわって営業しているのだとは思うが、事実として、私はラーメンを食べられられなかった。不満足。
佐野には悪いが、いつ行っても必ず食べられる、バーミヤンのラーメンのほうが私にとっては優れている。まず食べられることがスタートラインである。食べられないラーメンから価値を得ることはできない。
以前やってたコミュニティ運営で
以前やっていたゲームのコミュニティ運営のトラブル対応方針を思い出した。あのときは質よりも重視していたものがある。
利用者間のトラブル仲裁をするとき、開始当初は「しっかり双方の話を聞く」「公正に対処する」などと、いわゆる正しさを重視して対応していた。
しかしそれではとにかく疲れる。双方が納得する着地点を探すのは時間も気力も消費する。運営を開始してからいくらか経つと、「なるべく疲れないよう適当にやる」「解決しなくてもそれでよし」と雑に対応するようになった。
そのゲームコミュニティの目的として、「多くの初心者がいつでも利用できる環境を維持する」というものがあった。トラブル対応においては、質を高く公正にしようとして、管理者が疲弊して運営が継続できなくなるのが最も避けるべきこと。
目的を達成するために、「一部に不満が出てもいい・公正でなくても良いので、とりあえず場を収めて運営が持続できれば良い」というスタンスでトラブル対応をするようになった。去年コミュニティは他の管理者に引き継いだが、今でもそのコミュニティは持続している。
ラーメン屋の目的は
ここまで書いて、ファミレスの目的とラーメン屋の目的は違うのだろうなーと思った。
ファミレスが「多くの人にそこそこのクオリティのラーメンを素早く提供する」のであれば、
佐野のラーメン屋は「素晴らしいラーメンを提供する。ラーメンの質は絶対なので、待ち時間が長くても提供できない人が出ても仕方ない」という目的かもしれない。
そしてファミレスに行く人は「そこそこのラーメンを並ばず食べたい」という目的がある。佐野のラーメン屋に行く人は「佐野ラーメンを1時間並んでも食べたい」という目的を持っている。
そして自分は「ラーメンは並ばずさっさと食べたい」と思っているのだから、そもそも佐野ラーメンの店に行くのが間違いなのだ。目的を満たすための手段の選定に失敗している。だから不満を抱くのは当然だし、その不満の責任は手段を選定した自分に100%ある。

ちなみにこれは近所の塩ラーメン。おいしい。
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